曹洞宗の教え・葬儀・焼香のマナー・仏壇の選び方

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曹洞宗の教え・葬儀・焼香のマナー・仏壇の選び方

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曹洞宗とは

曹洞宗の特徴は、簡単に表すと「座禅の仏教」と言えるでしょう。禅の宗派としては臨済宗と並ぶ二大宗派です。なるべく釈迦の教えに忠実に日々精進することが重んじられている宗派でもあります。 座禅が基本の修行であるため、寺院は修行するための道場とされており、実は、日本において寺院の数が最も多いのが曹洞宗です。総本山である福井県吉田郡の永平寺にて道元(どうげん)禅師が開いた、鎌倉時代を代表する仏教の一つです。また、道元は、現代でも「親鸞と並ぶ仏教哲学者」とも呼ばれていたりします。 ここでは、曹洞宗の開祖、道元とその教えや曹洞宗の葬儀マナーや仏壇の選び方などについて紹介していきます。

開祖・道元の生い立ち

道元は、福井県にて幼名文殊丸(もんじゅまる)として生まれました。三歳で父親を、八歳で母親を失っていた十三歳という若さで仏門に入ることになります。世の無常に打ちひしがれながらも比叡山に出家しますが、当時の比叡山は貴族たちが支配しており、学問を軽んじ、堕落しきっていましたが、それでも、道元はそんな環境で学問に没頭します。 あるとき、比叡山の教えである「本来本法性ほんらいほんぽっしょう」「天然自性心(てんねんじしょうしん)」に疑問を抱きます。「生まれながら人間は仏である」というなら、「なぜ世の中の高僧は修行に励んでいるのか?」「既に仏であるなら何故修行するのか?」という疑問です。 この問いに対して、満足に答えられる僧は当時の比叡山にはいませんでした。道元は、それでも納得せず、この疑問を解き明かすべく、日本に禅をもたらした宋(中国)へ渡ります。

如浄禅師との邂逅

道元は1223年に宋へ渡り、栄西(えいさい)の弟子であった明全(みょうぜん)と共に、諸山遍歴の旅を始めます。このとき道元は、正師を得ざれば学ばざるに如かず、つまり「良い師匠に巡り合えなければ修行する意味はない」という覚悟で臨みます。そして、天童山にて如浄(にょじょう)禅師と出会うことになります。 ちなみに、如浄禅師と出会うまでの間、道元は出会った老僧に「炊事など他者にやらせてもっと話を聞かせてください」と申し出たところ、「あなたは修行というものがまだ何もわかっていない様子だ」という厳しい回答を受けました。これに道元は大いに恥じて、益々その老僧との話を求めたというエピソードがあります。 そして、天童山という宋の名門に入ったものの、まだ「良い師匠」が見つからずにいるところ、ついに如浄(にょじょう)禅師と出会い、道元は如浄禅師を生涯の師と仰ぎます。 道元の性格を表すエピソード 宋での修業期間において、道元の性格を表す面白いエピソードがあります。 道元の仏性と学問への真摯な姿勢に感嘆した如浄禅師から、天童山の侍者にならないかという誘いを受けた際、道元は「既に天童山には優れた見識を備えた多くの僧がいるのに、日本からやってきた自分を侍者にしては、まるで天童山には優秀な人材がいないと言っている様なもの」「また、宋国から批判される可能性もある」と、侍者の誘いを断りました。 そして、如浄禅師もまた、如浄禅師は宋国の体面も尊重し、その後は道元を侍者にしようとはしなかったとされており、これらは道元が後に執筆する「正法眼蔵」の随聞記にも書かれています。 また、このような「自国の弟子がありながら、師匠が日本の僧に伝承する状況」として、道元が生きた時代よりも前の時代、真言宗の開祖である空海にも似たようなエピソードがあります。 空海が唐(とう)へ渡り、既に千人を超える弟子を抱えていた恵果和尚から密教の継承者として指名されましたが、道元の様に断ってはいません。 もちろん、諸々の状況は全く違うため、比較することはおかしいものですが、道元の人物像を表す興味深い逸話ではないでしょうか。

道元の教え「身心脱落」

道元の時代には、既に空海や最澄の密教や、法然や親鸞の念仏仏教が民衆に普及しており、曹洞宗の様な、座禅を中止として「釈迦と直接繋がろう」という発想をもつ禅宗は、まだ珍しいものでした。 道元の教えは、道元の説く「身心脱落」が中心となっています。この身心脱落を経験として体感的に理解することが修行の要となり、簡単にいうと「悟りの中に入り込む」といった状態を指しますが、言葉で理解しようとするのは困難で、すぐに理解出来るものではありません。 人が悟を求めて座禅をする際、「悟りたい」「悟ろう」と強く願う意識がそこに存在します。しかし、その悟りを求める姿勢が、「迷い」であり、逆に「悟りを求めない姿勢が悟りへと近づく」とされています。 例えるなら、「今日あった嫌なことを忘れよう」と必死に努力しても、忘れようとする気持ちがそこにある限り、頭から「嫌なこと」は消えません。大抵はいつの間にか忘れていたりしますが、悟りは、求めるものではなく「向こうからやってくるもの」と解釈することもできます。 道元の教える座禅は、身心脱落と併せて「只管打坐(しかんたざ)=ひたすら座禅すること」という教えがあり、只管とは中国の言葉で「ただひたすら」という意味があります。文字通りひたすら座禅をし、身心脱落をする、という教えです。 また、曹洞宗の座禅は、その姿を見れば分かりやすいかもしれません。臨済宗の座禅は、通路に向かい公案を考えながらの坐禅ですが、曹洞禅は心を無にして行う座禅で「壁に向かって坐禅する姿」が特徴です。

曹洞宗で読まれるお経

曹洞宗のお経は、般若心経や観音経、修証義(しゅうしょうぎ)、法華経(ほけきょう)が読まれます。その中でも、修証義は、道元の著作である「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の中から重要な部分を抜粋したもので、5章31節で構成される重要な書となります。 修証義の「修」は修行=実践、「証」は悟りを意味し、「義」は意義となり、つまり「在家で実践して悟りを開く」ための指南書として体系的に曹洞宗の教えが体系的にまとめられているものです。道元は民衆への布教に重きを置いていたため、比較的平易な言葉で書かれており、現代においても正法眼蔵の入門としてもよく読まれています。

曹洞宗葬儀の焼香マナー

曹洞宗の葬儀は、他宗派と比べて儀式の種類が多いのが特徴ですが、焼香のマナーは他とあまり変わりません。焼香台へと進み、ご霊前で一礼し、お香を額の高さまで上げ、軽く押し頂き香炉へ移します。2回焼香の場合は、押し頂くのは1回目のみです。また、焼香台へと進む前に遺族と一般参列者それぞれに向かって一礼します。焼香後も同様です。

曹洞宗の仏壇とお供え物

曹洞宗の仏壇選びは、住宅事情や好みに合わせて、本仏壇や卓上タイプなど、基本的にどんな仏壇を選んでもよいとされていますが、金仏壇はあまり使用されません。 仏壇の向きについては、曹洞宗は「南向き」に置くことが推奨されていますが、これは釈迦がいつも南向きに座って説法をしていたことと、曹洞宗の教えは、釈迦の教えを重要視していることに由来しています。 また、本尊を祀る場合は、中央に「釈迦如来」、右脇侍(向かって左側)に「常済大師」を、左脇侍(向かって右側)に「承陽大師=道元」を祀ります。

まとめ

曹洞宗の葬儀マナーや開祖である道元について紹介してきました。現代ではマインドフル ネスや瞑想の広がりも影響しており、座禅がブームです。現代でも道元は「禅のマス ター」として多くの人に愛されていますが、道元やその教えに触れたことで、曹洞宗につ いて新しい発見があったのではないでしょうか。

宗派別 教え・葬儀・焼香のマナー・仏壇の選び方

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